薬局オーナーが直面しやすい不動産トラブル|大家さんからの突然の要求にどう対応する?
はじめに|立地に依存しやすい薬局経営
門前薬局は、近隣の医療機関との位置関係によって経営成績が大きく左右されやすいビジネスモデルです。
特定の医療機関からの処方箋に依存している薬局ほど、現在の立地から簡単に移転することは難しくなります。
こうした事情から、大家さんとの間で不動産トラブルが発生した場合、薬局側が難しい立場に置かれることがあります。
例えば、突然の家賃値上げや建物からの立退き要求、内装工事や原状回復をめぐる意見の相違などです。
もちろん、すべての大家さんが強引な交渉を行うわけではありません。しかし、薬局が簡単には移転できないという事情もあり、提示された条件を受け入れるべきか、悩まれる経営者もいらっしゃるのではないでしょうか。
実は、大家さんから何かを要求されたからといって、必ずしもその要求に応じる義務があるとは限りません。
今回は、薬局オーナーが直面しやすい不動産トラブルを紹介するとともに、トラブルが発生した際に知っておきたい2つの注意点について、法律上の根拠を交えながら解説します。
1.薬局経営で想定される不動産トラブル
薬局が賃貸物件で営業している場合、次のようなトラブルが考えられます。
① 突然の家賃値上げ
長年同じ場所で営業していたところ、大家さんから突然、家賃の値上げを求められるケースです。
例えば、相続によって大家さんが代わったタイミングで、「現在の家賃は周辺相場より安いので、来月から値上げしたい」と要求されることも考えられます。
もっとも、大家さんが代わったという理由だけで、従来の契約条件が当然に変更されるわけではありません。
また、家賃の値上げについては、借地借家法第32条に一定のルールが定められています。
② 建物からの立退き要求
大家さんから、「建物を建て替えたい」「自分たちで建物を使いたい」といった理由で、退去を求められるケースです。
門前薬局の場合、移転によって処方箋枚数が大きく減少する可能性もあり、経営への影響は小さくありません。
しかし、一般的な普通建物賃貸借契約では、大家さんが一方的に契約の更新を拒絶したり、解約を申し入れたりする場合、借地借家法第28条に定める正当事由などが問題となります。
そのため、立退きを求められたからといって、必ずしも直ちに退去しなければならないわけではありません。
ただし、定期建物賃貸借契約や契約違反による解除などの場合には、取扱いが異なることがあります。
③ 内装工事や原状回復をめぐるトラブル
薬局の内装は、調剤室や医薬品の保管設備など、一般的な事務所とは異なる構造になっていることも少なくありません。
そのため、内装の変更をめぐって大家さんとの意見が食い違ったり、退去時に高額な原状回復費用を請求されたりすることも考えられます。
ここで注意したいのは、住宅と店舗では、契約上の取扱いが異なる場合があるということです。
東京都が公表している賃貸物件の原状回復に関する解説資料でも、事業用賃貸借については住宅向けの原状回復ガイドラインの対象外であり、特約の有効性が認められやすいことが説明されています。
したがって、薬局の内装工事や原状回復については、住宅の一般的なルールだけで判断せず、契約書の内容や工事の経緯を確認することが重要です。
④ 契約更新時の条件変更
契約更新のタイミングで、大家さんから新しい契約書への署名を求められることもあります。
このとき、家賃の金額だけでなく、契約期間や解約条件などにも注意が必要です。
特に、普通建物賃貸借契約と定期建物賃貸借契約では、契約期間満了時の取扱いが異なります。
国土交通省の「定期建物賃貸借Q&A」でも、定期建物賃貸借は、原則として契約期間の満了によって更新されることなく終了する制度であると説明されています。
単なる契約書の作り直しだと思って署名したところ、従来とは異なる条件に合意してしまうことのないよう、注意したいところです。
2.注意点①|その場で安易に承諾しない
不動産トラブルが発生した際、まず意識していただきたいのは、大家さんからの要求に対して、その場で安易に承諾しないことです。
大家さんとの関係を悪化させたくないという思いから、つい「分かりました」と答えてしまうこともあるかもしれません。
しかし、契約に関する合意は、必ずしも書面によって行われるものとは限りません。
民法第522条では、契約は申込みに対して相手方が承諾したときに成立し、法令に特別の定めがある場合を除き、書面の作成などを必要としないことが規定されています。
つまり、口頭でのやり取りであっても、契約内容の変更について合意が成立する可能性があります。
もちろん、曖昧な返事をしただけで、必ず契約変更が成立するわけではありません。しかし、後になって合意の有無をめぐるトラブルにつながる可能性はあります。
東京都も、賃貸住宅のオーナーチェンジに伴う家賃値上げトラブルについて注意喚起を行っています。
東京都住宅政策本部が公表している「賃貸住宅のオーナーチェンジを契機とした家賃値上げトラブルについて」では、新しい大家さんからの一方的で大幅な賃料値上げの要求には簡単に応じないことや、値上げの理由について説明を求めることの重要性が示されています。
また、一度値上げに同意すると、後からその同意を取り消すことが難しくなる点についても注意を促しています。
なお、この東京都の注意喚起は賃貸住宅を対象としたものですが、安易に契約条件の変更に合意しないという考え方は、薬局の店舗賃貸を考える際にも参考になります。
大家さんから何らかの要求があった場合には、その場で結論を出さず、まずは要求内容とその理由を確認することをおすすめします。
3.注意点②|必要に応じて弁護士に相談する
もう一つ重要なのが、不動産に関する法律上の問題については、弁護士などの専門家に相談することです。
大家さんから提示された条件が、法律上どのように扱われるのかは、必ずしも簡単に判断できるものではありません。
例えば、家賃の値上げについては、借地借家法第32条に規定があります。
同条では、土地や建物に対する税負担の増減、経済事情の変動、近隣同種の建物の賃料との比較などによって、現在の賃料が不相当となった場合に、賃料の増減額を請求できることが定められています。
したがって、大家さんが希望する金額への値上げが、必ずそのまま認められるわけではありません。
一方で、借主が同意しなければ、いかなる場合も値上げが認められないというわけでもありません。
法律上の要件を満たす賃料増額請求が行われた場合には、当事者間で合意が成立していなくても、相当な範囲で賃料の増額が認められることがあります。
また、立退き要求についても、契約の種類や契約内容、貸主と借主それぞれの事情などによって判断が異なります。
このような問題を薬局経営者だけで判断することは、容易ではありません。
特に、店舗の移転が経営に大きな影響を及ぼす薬局では、法律上の立場や選択肢を確認したうえで、慎重に対応することが重要です。
なお、日本弁護士連合会では、中小企業向けの法律相談サービス「ひまわりほっとダイヤル」を設けています。
顧問弁護士がいない場合でも、こうした相談窓口を活用することができます。
相談する際には、賃貸借契約書や更新時の書面、大家さんからの通知、これまでの交渉内容などを整理しておくとよいでしょう。
また、家賃の値上げについて争いがある場合でも、自己判断で賃料の支払いを止めることは避け、適切な支払方法について弁護士に確認することをおすすめします。
4.不動産トラブルは薬局経営の問題でもある
最後に、税理士の立場からお伝えしたいことがあります。
不動産トラブルは法律上の問題であると同時に、薬局経営に直結する問題でもあります。
例えば、家賃が月額5万円値上がりした場合、年間では60万円、10年間では単純計算で600万円の支出増加となります。
一方で、家賃の値上げを避けるために移転を選択した場合には、新しい店舗の内装工事費や設備投資、移転期間中の営業への影響なども考慮しなければなりません。
特に門前薬局では、移転によって従来の処方箋応需状況が変化する可能性もあります。
したがって、家賃の値上げに応じるべきか、移転を検討すべきかといった判断は、単に目先の賃料だけで決められるものではありません。
法律上の問題については弁護士に相談し、そのうえで、薬局経営に与える影響を数字で整理していくことが大切だと考えています。
おわりに|大切なのは、冷静に判断すること
大家さんとの良好な関係を維持することは、薬局経営において重要です。
一方で、関係を悪化させたくないという理由だけで、提示された条件をすべて受け入れる必要があるとは限りません。
今回、特にお伝えしたかったのは、次の2点です。
大家さんからの要求に、その場で安易に承諾しないこと
判断が難しい場合には、弁護士などの専門家に相談すること
大家さんの要求を最初から不当なものと決めつける必要はありません。しかし、反対に、言われるがままに受け入れてしまうことも避けたいところです。
薬局にとって店舗は、単なる営業場所ではなく、地域の患者さんとの関係を築いてきた大切な経営基盤でもあります。
不動産に関する問題が発生した際には、まずは契約内容と法律上の立場を確認し、長期的な視点で冷静に対応を検討していただければと思います。
参考資料
※本記事は、薬局経営者向けに不動産トラブルに関する一般的な情報を整理したものであり、個別の法律問題について判断を示すものではありません。具体的な対応については、契約内容や個別の事情に応じて弁護士にご相談ください。

