申告書を作る会計で、薬局経営のすべてを測ろうとしていませんか?
税理士の会計処理が遅い。その原因はどこにある?
先日、顧問先ではない薬局経営者の方から、こんなご相談をいただきました。
「今の税理士の会計処理が遅くて困っている」
経営判断をするうえで、会計処理のスピードは確かに重要です。試算表が数か月遅れで出てくるようでは、適切な意思決定ができない場面もあるでしょう。
ところが、よくよくお話を伺ってみると、少し事情が違いました。
その経営者の方は非常に数字にこだわりを持っており、店舗別の売上や人件費、各種費用の配賦などを、できる限り正確に把握したいと考えていらっしゃいました。
そのため、税理士に対しても「この費用はこう按分してほしい」「この数字はこうなるはずだ」と、かなり細かな会計処理を依頼されていたようです。
数字を正確に把握しようとする姿勢自体は、経営者として素晴らしいことだと思います。
ただ、税理士という立場から申し上げると、その理想をすべて申告用の会計処理で実現しようとすると、行き着く先は相当苦しいものになると感じています。
なぜなら、申告書を作るための会計と、経営判断に必要な管理会計では、そもそも目的が異なるからです。
申告書を作る会計には、さまざまな制約がある
税理士が日常的に行っている会計処理は、最終的には決算書や税務申告書を作成するためのものです。
そのため、会計基準や税法などのルールを踏まえて処理する必要があります。
私自身、もともとは薬剤師という理系の世界にいた人間ですが、会計の世界に入った当初は、必ずしも実態を測定するうえで合理的とは思えない処理があることに戸惑ったものでした。
例えば、複数店舗を経営している薬局で、本部経費を各店舗の売上比率に応じて配賦しているケースを考えてみましょう。
社長としては、毎月同じ基準で按分し、店舗別の損益を正確に把握したいと考えます。
ところが、ある月だけ按分比率が異なっていたり、想定していた店舗とは違う部門に経費が計上されていたりすることがあります。
経営者としては、当然気になるところでしょう。
しかし、そもそも税務申告のためだけであれば、そのような細かな店舗別配賦が必ずしも必要なわけではありません。
加えて、すべての費用を正確に店舗別に集計しようとすれば、請求書や取引データの段階から部門を識別する仕組みが必要になります。
共通経費について売上比率などを用いて毎月細かく仕訳を起こすとなれば、それなりの工数も発生します。
さらに、過年度や過月の処理を見直したり、決算整理によって数字が修正されたりすることもあります。
つまり、経営者が思い描く理想的な数字を、日々の会計帳簿だけで完全に再現し続けることには、実務上の限界があるのです。
もちろん、だからといって会計処理が遅くてもよいわけではありません。
ただ、会計処理のスピードを改善したいのであれば、まずは会計に何を求めるのかを整理する必要があります。
管理会計の理想を、そのまま実務に持ち込めるとは限らない
こうした問題は、経営学や管理会計を熱心に勉強されている方ほど、直面しやすいようにも感じています。
例えばMBAなどでは、部門別損益や原価計算、KPIなどを用いた経営管理について学びます。
私自身もMBAで経営を学んでいますので、数字を細かく分析したいという気持ちは非常によく分かります。
ただし、そこで学ぶ管理会計と、税理士が日常的に行っている会計・税務実務は、必ずしも同じものではありません。
経営学で学ぶ会計は、経営判断に必要な情報をどのように把握し、活用するのかという観点が中心になります。
一方、実務では、法令上の取扱いや会計処理の継続性、証憑の管理、担当者の作業負担など、さまざまな制約を考慮しなければなりません。
理論上は合理的な管理方法であっても、それを会計帳簿にそのまま落とし込もうとすると、膨大な作業が必要になることがあります。
さらに、作業に時間をかけたからといって、それだけ経営判断の質が高まるとも限りません。
ここで重要なのは、どこまでの精度が経営判断に必要で、その精度を得るためにどこまでコストをかけるべきなのかという視点です。
申告用の会計と管理会計は、分けて考えてもいい
では、薬局経営者は細かな管理会計を諦めなければならないのでしょうか。
もちろん、そんなことはありません。
私が日頃からお勧めしているのは、申告書を作るための会計と、経営判断に使う管理会計を、ある程度分けて考えるという方法です。
例えば、申告用の試算表は、会計・税務上のルールに従って適切に作成する。
その一方で、経営判断に必要な指標については、試算表を土台にしたり、レセプトや調剤報酬の点数データを活用したりして、別途管理していくのです。
薬局であれば、次のような指標が考えられます。
処方箋枚数や技術料の推移
処方箋1枚当たりの技術料
店舗別の人件費と生産性
医薬品の粗利益や粗利益率
在宅業務の件数や収益性
これらをすべて申告用の会計帳簿で管理しようとする必要はありません。
むしろ、経営管理に必要な情報については、会計ソフト以外のデータも積極的に利用した方が、効率的かつ迅速に把握できることがあります。
当事務所が提供している「薬局CFO」も、まさにこの考え方に基づいています。
試算表を財務分析の土台としながら、調剤報酬の点数データなどを組み合わせ、薬局経営に必要なKPIを把握できるようにしています。
管理会計は「大雑把な地図」で構わない
ここで一つ、経営者の皆様にお伝えしたいことがあります。
それは、管理会計の数字は、必ずしも1円単位まで正確である必要はないということです。
例えば、点数データから計算した売上が、そのまま翌々月に入金されるとは限りません。
返戻や査定による減額が発生することもありますし、請求時点と入金時点の数字が一致しないこともあります。
また、試算表についても、後から請求書が届いたり、決算整理が行われたりすることで、数字が変わることがあります。
当事務所の顧問先にも、こうした数字の性質はあらかじめご説明しています。
そのうえで、多少の誤差があることを許容しながら、経営判断に活用していただいています。
私は、管理会計とは、経営の現在地と進むべき方向を示す「大雑把な地図」のようなものだと考えています。
地図が多少大雑把であっても、進むべき方向を判断するには十分なことがあります。
反対に、地図の細かな部分を正確に描くことばかりに時間をかけていたら、肝心の経営判断が遅れてしまうかもしれません。
例えば、ある店舗の人件費率が前月より5ポイントも悪化しているのであれば、その背景を調べて改善策を考えることが重要です。
その人件費率が厳密には34.8%なのか、35.1%なのかを確定させるために、何日も時間を費やすことが本当に必要でしょうか。
もちろん、融資判断や投資判断など、数字の精度が特に重要になる場面もあります。
しかし、日常的な経営管理においては、細かな精度を追い求めることよりも、一定の基準で継続的に数字を測定し、変化を把握することの方が重要だと考えています。
数字を正確にすることが、経営の目的ではない
薬局経営者の皆様には、ぜひ一度考えていただきたいことがあります。
今、時間をかけて作成しているその数字は、本当に経営判断に必要なものでしょうか。
あるいは、正確な数字を作ること自体が目的になっていないでしょうか。
税務申告に必要な正確性は、当然確保しなければなりません。
一方、管理会計では、必要な精度、情報を得るまでの時間、そして管理にかかるコストのバランスが重要になります。
完璧な管理会計を目指して会計処理が遅くなるのであれば、結果として経営判断に支障をきたしかねません。
できることとできないことを見極めたうえで、限られた時間と経営資源をどこに投下するのか。
大切なのは、数字を完璧に作ることではなく、数字を使って経営を良くすることです。
申告書を作るための会計と、経営判断のための管理会計。
この二つを適切に使い分けることが、薬局経営における数字との賢い付き合い方ではないでしょうか。


