薬局専門税理士から見た地域フォーミュラリの影響
近年、医療費の適正化に向けた取組の一つとして、「地域フォーミュラリ」が注目されています。
2026年3月には、厚生労働省から各都道府県に対し、2026年度中に地域フォーミュラリの策定に向けた検討の場を設けるよう協力依頼が出されました。
今後、全国的に取組が広がっていくことが予想されます。
地域フォーミュラリは、医療費の適正化や医薬品の安定供給といった観点から期待されている制度ですが、調剤薬局の経営にはどのような影響があるのでしょうか。
今回は、制度の概要を整理したうえで、薬剤師・税理士という立場から、薬局経営に与える経済的な影響について考察してみたいと思います。
1.そもそも地域フォーミュラリとは?
地域フォーミュラリとは、地域の医師や薬剤師などが協議し、有効性・安全性・経済性などを踏まえて、優先的に使用する医薬品を選定する仕組みです。
厚生労働省では、医薬品の選定に当たって、有効性や安全性に加えて経済性なども考慮し、総合的な観点から推奨薬を選定することとしています。
例えば、高血圧の治療に使用するARBには、オルメサルタン、テルミサルタン、カンデサルタンなど、さまざまな医薬品が存在します。
現在は、各医師が患者の状態等に応じて医薬品を選択しているため、同じ地域であっても処方される医薬品が分散する傾向があります。
地域フォーミュラリでは、こうした医薬品について、医学的・薬学的な観点に加え、薬価や安定供給なども考慮し、地域として推奨する医薬品を選定します。
ただし、あくまでも推奨薬であり、医師の処方を制限するものではありません。個々の患者にとって医学的に必要な場合には、推奨薬以外を使用することも可能です。
地域フォーミュラリに期待される効果
厚生労働省の公表資料では、地域フォーミュラリに期待される効果として、次のようなものが挙げられています。
医療費の適正化: 後発医薬品の使用促進などを通じた薬剤費の削減
医薬品の安定供給: 使用する医薬品の集約による、災害時を含めた供給体制の安定化
地域医療の連携強化: 処方の標準化による病院・診療所間での薬剤の継続利用
薬局の在庫管理の効率化: 医薬品の使用品目の集約による過剰在庫の削減
出典:
このように、地域フォーミュラリは単なる医療費削減策ではなく、地域全体で医薬品の使用を標準化し、医療の質と効率性を高めることを目的とした取組といえます。
2.地域フォーミュラリが薬局経営に与える経済的影響
ここからは、薬局専門税理士として、地域フォーミュラリが調剤薬局の経営にどのような影響を与えるのか考えてみたいと思います。
なお、以下は制度の趣旨や先行地域の取組を踏まえた考察であり、実際に各薬局で生じた経済効果を示すものではありません。
① 薬剤料収入・薬価差益への影響
まず考えられるのが、薬剤料収入への影響です。
地域フォーミュラリでは、医薬品の有効性や安全性を前提として、経済性も考慮した薬剤選択が行われます。
そのため、従来よりも薬価の低い医薬品への移行が進む可能性があります。
薬局経営の観点から見ると、これは薬剤料収入の減少要因となります。
もっとも、薬剤料収入の減少が、そのまま利益の減少につながるわけではありません。
薬局の医薬品に係る利益は、薬剤料収入だけではなく、医薬品の仕入原価や薬価差益によっても左右されるためです。
例えば、薬価の低い医薬品に移行することで売上高が減少したとしても、仕入原価も同様に減少すれば、利益への影響は限定的となる可能性があります。
一方で、従来使用していた医薬品の薬価差益が大きかった場合には、利益面への影響が生じることも考えられます。
したがって、地域フォーミュラリによる経営への影響を考える際には、売上高の増減だけではなく、医薬品の粗利益額がどのように変化するのかという視点が重要になると考えています。
② 在庫金額の圧縮と資金繰りへの影響
次に、個人的に注目しているのが在庫管理への影響です。
調剤薬局では、さまざまな医療機関から発行される処方箋に対応するため、多数の医薬品を在庫する必要があります。
特に面薬局では、処方元となる医療機関が多岐にわたり、在庫品目が増加しやすい傾向があります。
地域フォーミュラリによって、地域内で処方される医薬品がある程度集約されれば、薬局が保有する在庫品目数を減らせる可能性があります。
これにより期待できるのが、次のような効果です。
不動在庫や期限切れによる廃棄ロスの削減
在庫管理・発注業務の効率化
棚卸資産の圧縮
運転資金の削減による資金繰りの改善
特に、経営上重要なのは棚卸資産の圧縮です。
例えば、ある薬局が保有する医薬品在庫を1,000万円から800万円に圧縮できた場合、200万円分の資金を在庫以外に振り向けられる可能性があります。
もちろん、在庫が200万円減少したからといって、利益が200万円増えるわけではありません。
しかし、追加の仕入れを抑えることができれば、その分だけ資金繰りの改善につながります。
薬局経営では、損益計算書上の利益に注目が集まりがちですが、貸借対照表やキャッシュフローの視点も欠かせません。
地域フォーミュラリは、こうした財務構造にも影響を与える可能性があると考えています。
③ 医薬品の仕入条件への影響
一方で、医薬品の集約が必ずしも薬局に有利に働くとは限りません。
現在、薬局ごとに医薬品の採用メーカーや卸業者との取引条件は異なっています。
地域フォーミュラリによって特定の医薬品への需要が集中した場合、仕入数量の増加によって価格交渉上のメリットが生まれる可能性があります。
しかし、反対に医薬品の選択肢が減少することで、仕入先との交渉余地が小さくなることも考えられます。
また、推奨薬の供給が不安定になった場合には、代替薬の確保や患者への対応など、新たな業務負担が発生する可能性もあります。
こうした点からも、単純に医薬品の種類が減ることだけをもって、薬局経営にプラスであると判断することは難しいでしょう。
④ 薬局の業務効率化への影響
地域内で使用される医薬品が標準化されれば、薬局の業務にも一定の変化が生じると考えられます。
例えば、医療機関ごとに異なる医薬品を取り扱う必要性が減少すれば、発注や在庫管理に要する時間が短縮される可能性があります。
また、病院から診療所、在宅医療へ移行する際に使用薬剤が統一されていれば、薬剤の変更に伴う確認や説明の負担が軽減されることも期待できます。
もっとも、患者ごとの薬学的管理や処方監査が不要になるわけではありません。
あくまでも、従来発生していた周辺業務の一部が効率化される可能性がある、ということです。
特に、人件費の上昇や薬剤師不足が経営課題となっている薬局では、こうした業務効率化の積み重ねが、長期的には経営に影響してくるのではないでしょうか。
まとめ
地域フォーミュラリの導入は、医療費の適正化だけでなく、医薬品の安定供給や地域医療の質の向上につながることが期待されています。
こうした取組を、薬局にとって経済的なメリットがあるかどうかという視点だけで評価することは、適切ではないと考えています。
そもそも薬局は、地域医療を支える社会的な役割を担っています。医療を取り巻く環境が変化する中で、公衆衛生を守り、持続可能な医療提供体制を維持していくために必要な取組であれば、それに応えていこうと考える薬局経営者も多いのではないでしょうか。
私自身も、こうした社会的な要請に対して、薬局業界全体で努力していくことは大切だと考えています。
ただし、社会的に必要な取組であることと、経営への影響を把握しなくてよいということは、別の話です。
地域フォーミュラリによって薬剤料収入や薬価差益が変化する可能性がある一方、在庫の圧縮や業務効率化が進む可能性もあります。
こうした変化が自社の収益構造や資金繰りにどのような影響を及ぼすのか、経営者としてあらかじめ想定しておくことは重要です。
医療制度や社会環境の変化は、個々の薬局の判断だけで止められるものではありません。
だからこそ、その変化にどう向き合い、どのような経営体制を整えていくのかが問われるのだと思います。
公衆衛生を守るという社会的な役割を果たし続けるためにも、薬局自身が持続可能な経営を維持していかなければなりません。
薬局専門税理士としては、こうした制度の変化を単なる損得の問題として捉えるのではなく、将来の財務への影響を予測し、必要な備えを進めることが大切だと考えています。


